大判例

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福岡高等裁判所 昭和26年(ネ)726号 判決

控訴人等代理人は「主文同旨の判決」を求め、本案について、「原判決を取消す。被控訴人の仮処分申立を却下する。訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とす。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、援用の証拠は、

控訴代理人において、

(一)  原判決は、審判手続が法律に違背し、事件について、尚弁論を必要とするにかかわらず、これをなさずして、審判した違法がある。けだし、本件第一審の口頭弁論期日は、早急に開かれ、控訴代理人(原審における被申請人両名の代理人)は、開廷直前に委任を受けたからとて、疏明準備のため期日の続行を求めたところ原審裁判官はこれを阻止すると共に、判決するとて、そのまま退廷し判決言渡期日の告知もなく、又判決の言渡をしない内に、突然、被控訴人は、昭和二十六年十月十二日本件の執行にいでたもので、本件仮処分は、判決言渡期日の告知なく、又言渡もない判決書であるから無効のものである。

(二)  本件係争地を含む行橋町大橋字前田五六八番地の二、宅地百五坪六合四勺は、全部控訴人上田ヨシの所有地で、同宅地東側の同宅地上にある住家も亦上田ヨシの所有で、被控訴人は、同住家に居住し、同住家の裏にあたる本件係争地は、被控訴人の住家敷地とは、全然関係がない。右係争地には、以前大竹兵蔵所有の柔道々場が建つていたところ、控訴人上田ヨシが、京都郡豊津村に居住中昭和十五年二月二十二日大竹兵蔵から、同人の住家(現在控訴人等居住の家で、被控訴人居住家屋の北隣にあたる。)と共に、これを買受けその数ケ月後、道場だけは取り毀し、その礎石たるコンクリート台石だけは、そのままにして置いた道場跡地で、現に右コンクリート作りの台石も厳存する。尚本件当事者双方の住宅の裏口から、被控訴人方南側に沿う路地を経て、表街路に通ずる通路が、被控訴人住家と本件係争地との中間に介在するので、該係争地は、被控訴人の住家敷地とは、没交渉のものである。控訴人が、大竹兵蔵から買受けた当時、控訴人現住家屋には、福岡日日新聞行橋支局があつて、同支局員が居住し、その後継紙たる西日本新聞行橋支局長が引継ぎ居住し、昭和二十五年五月頃同支局長小西宇三郎が他に転居して、同人から該家屋の返還を受けたので、上田ヨシはこれに居住した。然るに、被控訴人は、右道場跡の空地に、控訴人に無断で、粗末ではあるが物置小屋を建て、その余の空地には野菜などを作つていることを発見したので、これを難詰し、又上田ヨシは右五六八番地の二、宅地百五坪六合四勺を、昭和二十六年四月十日所有者柏木鎌三から買受けて、その所有権移転登記をなした。而して、控訴人家は家族、同居人等合せて八名の世帯員を擁して農業を営むため、便所、物置、籾乾場その他農事用の場所を必要とするをもつて、屡次、被控訴人に右道場跡地の明渡を求めたところ、これを拒絶するのみか、却つて、控訴人の使用を厳禁するの横暴振りであるため、上田ヨシは、被控訴人の建築した前示物置小屋への出入の自由だけは除外して、被控訴人がその余の道場跡地に立入り耕作する等の措置を禁ずる旨の仮処分命令を得、その執行として公示札を掲示し且つ形式的に古繩一条を施用したところ、被控訴人は、道場跡地全部に亘り、殊に控訴人方の農機具入れの物置及び便所への通路、並びに控訴人宅の裏出入口前の通路で、これを通り被控訴人方南側壁沿いに、表街路に通ずる通路(所謂勝手口の出入通路)の遮断を企図し、その趣旨の仮処分申請をなしたところ、原審は、前述の通り、控訴人には、疏明の機会を与えずして、判決をなし、被控訴人はその執行として、堅牢な杭木と厚板とで、控訴人方裏出入口の横から、直線に板壁を作つて、完全に控訴人の表街路に至る通路(幅四尺位で、控訴人の裏口よりする唯一の通路であり、しかも当事者双方の現住家屋建築の当初から存したものであるから、この通路の閉鎖を命じた原判決は、その執行の当否は別個の問題として、それ自体違法不当のものである。)及び物置小屋並びに両便所への通路を遮断する反面、被控訴人は、自由に道場跡地全部を使用するようにした(前示控訴人施用の古繩も廃棄した)。要するに、原判決は、仮処分の趣旨を没却し、本案の判決の執行にも優るがごとき執行を命じた違法がある。と述べ、

被控訴代理人において、

(一)  原判決の審判手続に違法があるとの主張事実は否認する。

(二)  原判決添附図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(イ)を連結する線内の宅地約十一坪余の本件係争地は、前所有者柏木鎌三より上田吉三郎が借受け、控訴人主張の日に上田ヨシが買受けたものであるが被控訴人は、昭和十四年暮頃上田ヨシの夫で、その代理人たる上田吉三郎から、控訴人主張にかかる被控訴人現住家屋と共に賃借し、その一部に花壇と物置を造り、又野菜畑、物干場に使用し、爾来十余年間、一回も控訴人から使用を妨げられ又はその返還を求められたことはない。況んや控訴人主張のような「難詰」を受けたこともない。控訴人等は、昭和二十六年八月三日京都郡豊津村から、その主張にかかる現住家屋に移居したものであるが、被控訴人及びその妻絹子の他出不在中に、右借地内に侵入し、野菜その他の作物を損壊し、剰さえ同借地内に、約二坪の物置と便所とを急造し、花壇の一部を損壊し、被控訴人と控訴人上田ヨシ所有の土地との境界を示せる杭木(同杭木は、被控訴人の所有で、同杭木によつて標示する境界は、控訴人等の承認せるものである。)を勝手に抜き取る等の不法行為をなし、これを正当化する目的で上田ヨシ名義をもつて、昭和二十六年十月三日被控訴人に対する仮処分命令を求め、被控訴人をして、係争地への立入を禁止し、しかも上田吉三郎は濫りに、係争地内に侵入して、被控訴人の野菜を勝手に掘返し、土石を被控訴人の借地内に、集積し、借地の使用収益を妨害し暴力を以つて、被控訴人から借地全部を奪取せんとするものである。

(三)  大竹兵蔵の道場は、同人の依頼により森下和範が、昭和十四年十一月頃、京都郡小波瀬村大字三崎区に売渡し、三崎区はその頃から、翌十五年一、二月頃までの間に、これを取毀し、その礎石たるコンクリートは、森下和範が三崎区から貰受けて、控訴人に譲渡した。当時の道場跡地の借地人たる上田吉三郎は、その跡地の西方に位する、東西二間、南北六間の十二坪を医師上野繁に、地代年三十円で賃貸し、東方に位する土地は、被控訴人と福岡日日新聞社行橋支局員の両名に対し、その家賃値上の対価として、半分宛使用するため貸与し、上野繁は、右十二坪の東側に完全な板壁を造つていたところ、昭和二十六年六月頃、上田吉三郎に対し、同土地を返還したものである。

(四)  控訴人主張の、同人家屋の裏口から表街路に至る通路の存在は否認する。

(五)  被控訴人が控訴人等を相手とし、仮処分の申請をなしたのは、被控訴人は、控訴人等のため、同人等が現住家屋に移居するまで十数年間、家賃、地代等の取立をなし、控訴人等に土地家屋の売買の世話をなし、又紛糾する家屋明渡問題の解決に尽力してやつたのに、控訴人は、何等の報酬を貰えないのみか、以上の被控訴人の努力を忘却し、前叙の如き不法行為を敢行し、ついで被控訴人を相手取り、仮処分を執行するの不当をなしたからに外ならない。被控訴人の得たる仮処分決定及びその執行は正当のもので、控訴人主張のような違法、不当の点はない。

(六)  本件係争地に対する被控訴人の賃借権が認められないとしても、被控訴人は、昭和十四年暮頃から十年以上同土地を自己のため使用する意思をもつて、占有し、占有の始めから善意で何等過失がないから、右土地の使用権、即ち所有権にあらざる財産権を取得したものであるから、該権利の保全のためにも、本件仮処分を求める。

と述べた以外は原判決の、当該摘示と同一であるから、これを引用する。

三、理  由

本件記録に依れば、被控訴人が、弁護士加来竹次郎を代理人とし、控訴人等を相手取る本件仮処分申請書は、昭和二十六年十月十日原裁判所に受理されたところ、原裁判所は、口頭弁論を開くため、その期日を同月十一日午前九時と指定し、該期日呼出状は、同月十日午前十時に、被控訴代理人に、同日午後二時二十分控訴人等にそれぞれ送達されていること(仮処分命令は送達されていないこと)控訴人等は口頭弁論期日の当日弁護士本郷雅広に事件を委任し、同月十一日午前九時、双方代理人出頭の上、口頭弁論開始されたところ、被控訴代理人は、右期日において、疏明のため在廷せる森下和範、榎本ハツ子、上野ナヲを証人として、被控訴人を本人として尋問を求めたところ、原裁判所は全部これを採用して、各その尋問を施行した上、直ちにこの程度において弁論を終結し、追つて判決を言渡す旨告知し閉廷したこと、右十月十一日午後二時に当事者双方不出頭のまま、判決を言渡しているが、該言渡期日の呼出は予め呼出状による送達によりなしていないのは、勿論、毫も当事者に期日を告知したことがないこと、を各認めることができる。

しかして、判決の言渡は、裁判長(本件のような単独事件にありては裁判官)の指定した、口頭弁論期日においてなされることを要するのは勿論、該期日は予め適法に当事者に告知されていることを必要とし、これに反するは判決言渡の手続に違法あるものであつて(昭和五年(オ)第一四〇五号同七年一月十三日大審院判決。同十二年(オ)第二〇二三号同十三年四月二十日大審院判決各参照)、原判決は、既にこの点において取消を免れない(民事訴訟法第三百八十七条)。加之前示認定に徴するに、本件仮処分の申請人たる被控訴人は、仮処分を申立つるに先立ち、予め相当の準備をなす余猶を有するに反し、その相手方たる控訴人等は、本件における如く、裁判所が口頭弁論を命ずる場合は、口頭弁論期日呼出状の送達によつて、初めて自己が仮処分を申立てられたことを知るを通常とするから、右呼出状の送達と口頭弁論期日との間には相当の期間を置くのが相当である。

事件が急迫の場合で右に所謂相当の期間を置き難い場合には、別に規定があり、審尋期日を開き又は開かずして決定を以つて、仮処分を命ずるか否かを定むればよく、この場合仮処分決定をなせば、被申請人は、これに対し異議を申立て、更めて、最初から仮処分申請の審理に入るのである。本件においては、これと異り、原審は、口頭弁論を開いたのである。従つて仮処分申請書を受理したら、被申請人に対する関係においては、前叙の通り相当の期間を置いて、口頭弁論期日を指定告知すべきであるのに、その翌日の午前九時を該期日として指定し、しかも呼出状の送達と口頭弁論期日との間には、夜間を入れて計算しても、漸く十八時間余である。この内から夜の睡眠時間、食事その他生活自体に必要な時間や、裁判所に出頭する時間などを控除すると、仮令控訴人等又はその代理人の住所が裁判所所在地たる行橋町にあるとはいえ、控訴人等の準備し得べき実時間は、僅々数時間を出でない。(本件においては、記録によれば、控訴人等に対し、仮処分申立書が送達されていないから、同人等としては、被控訴人が、如何なる原因で仮処分を請求しているかも分らなかつたであろう。尤もこの点控訴代理人は原審で異議を述べずに弁論をしているが)叙上の点に思を致すならば、原裁判所としては、口頭弁論期日においては、控訴人等に対し主張すべきところを十分主張させ、特に疏明がないと明言すれば格別、然らざる限り、控訴人等に対し疏明を許すのが公平公正に則る裁判において、正になさるべき措置であり、原審がこの挙に出でなかつたのは、畢竟審理手続に違法あるに帰し、該違法と相俟つて本件は当事者双方の主張事実に照らし、少くとも控訴人の疏明方法を取調べた上でなければ、被控訴人疏明の片言を採用することのみによつては容易に仮処分を許し得べきものとは認められず、事件について尚弁論を必要とするものと認むるから、爾余の争点に関する判断をなさずに、民事訴訟法第三百八十七条、第三百八十九条を適用し、原判決を取消して、本件を原裁判所に差戻すべきものとする。

(裁判官 仲地唯旺 二階信一 秦亘)

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